紙タバコを吸う覚悟

紙タバコを吸うことに決めた。これは人生的な決断でもある。

禁煙を止める言い訳の一種なのかもしれない。とはいえ、スヌースではなく、より害の強い紙タバコにしているのには理由がある。

とにかく外に出た方が良いからだ。俺はどうあがいても家から外に出られない。これはスヌースを使っていてもそうだし、スヌースを止めてニコチンを完全に絶っても同じだ。何をしても外に出ない。

無理やり外に出ることは可能だが、無理やりだ。自然の中に組み込むことができない。故に、紙タバコを外に出るための儀式として生活に組み込むことにした。

色々と思うことがある。まず、2023年までは紙タバコを吸っていて、2024年からはスヌースを使っていたが、2024年からなんだか生活が釈然としていない。

これは紙タバコを辞めたからだと睨んでいる。スヌースはネットで大量注文するので、外に出る必要がない。必要がなければ、俺は外に出ない。

スヌースを使う生活で、外に出ずに居て、なんだかおかしいなと試行錯誤をしていたが、結局どうにもならない。スヌースを辞めてみてもどうにもならない。そもそも、タバコを吸う前、完全ニコチンフリーの時代から、俺は外には出ない人間だったからだ。

そうなってくると、もう紙タバコを復活させるしかない。なぜなら、紙タバコを吸っていた期間は、なぜか割かし外に出ていたからだ。強制力があるからだと思う。

それに、煙というのが外界との接触を曖昧にしてくれるのだろう。タバコを吸っていられたら、なんとか外に出られるらしい。もしくは、タバコを吸える場所を探していると、外に出られるようである。

そんなこんなで、覚悟を持って、紙タバコを吸うことにした。なんなら面倒だ。スヌースという楽な手段があるからだ。でも、健康に悪くとも、なんであろうとも、辞めないという選択肢。それがまあ、人間が取る選択の一つなのだろう。

日常では紙タバコ、何か外出しないといけない時には、スヌースを持って行く、みたいな感覚で使い分けをしていこうと思う。できる限り紙タバコであり、スヌースは補助的な位置づけだ。

そもそも紙タバコを吸える場所はどんどん減ってきている。それでも、その減っている場所を探す、というのがまず外で活動する一つの理由になる。理由がなければ俺は絶対に外に出ない。そこを改善できれば何でも良いのだ。